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降誕祭礼拝
2006年12月24日 北尾一郎(牧師)
ゴッホ・ひまわり・義の太陽
■今日の聖書日課
今年のクリスマスの礼拝は、先程朗読された三つの聖書日課によって行われます。
(1)イザヤ52:7-10
「いかに美しいことか、山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。…地の果てまで、すべての人がわたしたちの神の救いを仰ぐ。」 クリスマスは、聖なる神が、暗闇の中にいる人類を救うために訪問された、という最高の「良い知らせ」・「福音」が、全世界に向けて告知される時です。
(2)ヘブライ1:1-9
預言者イザヤをはじめ、「神はかつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によって、わたしたちに語られました」。実に御子は、「神の言(コトバ)」、「神語」なのです。
(3)ヨハネ1:1-14
この「神の言」は、永遠の「初めに」、「すべての世に先立って父から生まれ」(ニケア信条)ました。それが、キリストの永遠の誕生です。ヨハネ福音書は言います−「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。…言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。その光はまことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。…言は肉(人間)となって、わたしたちの間に宿られた。」
ここにある多くの主題の中で、今日は「人間を照らすまことの光」を取り上げます。
■光を求めた人たち
すべての人は光を求めているのかもしれません。しかし、特別に光を求めた人たちがいるように思います。その一人は、大岡山幼稚園の卒園生であるKさんです。彼は地域の子ども会の世話などをしておられ、多くの人々に慕われていました。今から8年前、会社に勤務していた彼は、突然脳内出血で倒れました。回復は順調でしたが、その後、治療の方法が見つかっていない難病であることが分かりました。ご家族と共に全力で闘いながら、リハビリに励んでおられました。その彼が、天に召されたことを聞いたのは、昨年の7月のことでした。ご家族の受けた痛手は、ますます強く感じられるようになっています。
Kさんは、「ひまわり」が大変お好きだったと聞いています。ひまわりは、英語でサンフラワー(Sunflower) と言うように、まさに「太陽の花」です。花言葉は「あなたは素晴らしい」であるとされています。Kさんの太陽のような明るい笑顔を見るたびに、私は「あなたは素晴らしい」と言いたい思いでした。
■「ひまわり」はゴッホの"同義語"
「ひまわり」と言えば、ひまわりと一心同体のようになった人物のことが思い出されます。オランダ生まれの余りにも著名な画家フィンセント・ファン・ゴッホです。現代アメリカのこれまた著名なカメラマン、デイヴィッド・ダグラス・ダンカンが、『ひまわり−ヴァン・ゴッホにささげる−』(1986
造型社)という写真集があることを教えていただきました。ダンカン自身もゴッホ同様ひまわりに恋をした人です。
ゴッホは、1853年に生まれました。オランダのフロート・ズンデルトで生まれました。若い頃、教会の「説教者」のインターンとして、だれも行き手のない貧しい炭鉱地帯に自ら進んで行ったことがありました。集会に集う信徒たちの貧しさに心打たれ、自分も彼らと同じ生活をしたいと、背広を脱いで、夜はわらの寝床で寝るという生活を始めましたが、先輩や同僚には理解されなかったようです。ゴッホは、神は、不正直な裕福な者ではなく、貧しくても正直に生きている炭坑夫や農民と共におられると信じて、彼らの生活を描くとき、そこに神がおられる印として、十字架や明かりなどを描いていると言われます。
そのゴッホは、1886年から87年にかけて、5点の「ひまわり」をパリで描きました。その一つは整った花束の中に描かれた「ひまわり」と、あとは、ひまわりの花の部分だけを描いたものです。1888年になって、ゴッホは南フランスのアルルに移り住みます。そこに「芸術家たちの修道院」として、「黄色い家」を建て、まずは、かのゴーギャンと共に生活します。ゴーギャンの部屋を明るくしようと、ゴッホは、4点の「ひまわり」を描きます。それは、かつてなかった新しいタイプの絵でありました。無造作に壷に投げ入れられた「ひまわり」です。
ゴッホは、1888年12月24日、その家における生活に疲れたのでしょうか、自分の耳を切り取って、入院するという出来事が起こりました。そのあと、ゴーギャンは、2点の「ひまわり」を持って去って行きました。そのために退院したゴッホは、その2点を思い出して、ほとんど同じ作品を描いた結果、1889年1月に、3点の「ひまわり」が人類の財産となったのでした。
■黄色は天国につながる色
ゴッホは、黄色をベースにした作品を多く描きましたが、弟テオに宛てた手紙の中で、次のように語っています。
「ところで、黄金を溶かすためには、充分加熱する必要があるように、この花のトーンは−だれにもいきなり出せるものではなく−人間全体のエネルギーと集中力を必要とするのだ。」
今年の1月、青山学院で「牧会者、フィンセント・ファン・ゴッホの残した説教」と題して講演した野村祐之氏は、詩編119編19節(「この地では宿り人にすぎない私に、あなたの戒めを隠さないでください」)の説教を例にして、「ゴッホ自身が、彼方の天を目指す巡礼者であり、地上では苦しみや悲しみがあるが、苦しいがゆえに喜んで歩いて行こうと呼びかけている。」という趣旨の話をされたと新聞で読みました。
野村氏は、「黄色は天国につながる色であり、天国、神の栄光を表す金色に最も近い色である。ゴッホが、神の国の先取りとなるような共同体の生活を、パリの批評家たちの間で疲れている画家たちと共に過ごしたいと願って建てた"修道院"も、「黄色い家」であった、と指摘しています。
「人間全体のエネルギーと集中力」を注ぎ出して描かれた「ひまわり」は、ゴッホ一人の神への祈りの献げ物でありました。次の年、1890年7月29日に、37年の地上の生涯を閉じ、天のふるさとへと旅立ったのでした。不思議なことに、最初に申し上げたKさんのご命日も、7月29日なのです。Kさんは享年39歳でした。私は、Kさんを尊敬する者の一人として、彼が「ひまわり」のように「素晴らしい方」であった、と同時に、「ひまわり」のように東に昇る太陽にその全人格を向けていたのだと信じています。そして、ゴッホとKさんが「ひまわり」で結ばれているとともに、同じ命日を持っておられるのですから、その青春のエネルギーを集中して目指されたところは、「永遠のひまわり」の輝く、朽ちることのない天の世界なのではないかと心から思っています。そして、ご遺族の上に、慰めと平安を切に祈っています。
■"永遠のひまわり"は「義の太陽」
旧約聖書の最後の章は、マラキ書3章です。その19節と20節をお読みします。
見よ、その日が来る、炉のように燃える日が。
高慢な者、悪を行う者は、すべてわらのようになる。
到来するその日は、と万軍の主は言われる。
彼らを燃え上がらせ、根も枝も残さない。
しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには、義の太陽が昇る。
その翼には、いやす力がある。
あなたたちは牛舎の子牛のように、躍り出て跳び回る。
「ひまわり」を愛する人は、神の名を畏れ敬う人です。そのような人は、預言者の言う「義の太陽」を仰いでいるからです。預言者は、「義の太陽」として、全人類の救い主が来る、と預言したのです。その預言が実現した、という「良い知らせ」が、クリスマスの福音であります。
ローマの冬至祭を、"換骨奪胎"して、12月25日にしたのは、西方教会でした。その聖書的根拠こそ、このマラキの「義の太陽」でした。実に、クリスマスにお生まれになった、いたいけな幼子こそ、その翼に魂をいやす力を持ち、暗闇の中にいる私たちを、「光の子」として迎えてくださる方であります。
この方は、太陽が創造された時には、すでに神と共におられた、とヨハネ福音書は語ります。この方は、人類が出現する前から、人類を愛しておられた方であります。ですから、本来多様なものであるべき政治や文化や宗教などの違いは、互いに受け入れ合うべきものであって、互いを拒絶するための高い「壁」を築き上げるべきではありません。宇宙飛行士たちが言うように、地球上に「国境」などは描かれていないからです。「義の太陽」であるこの方にとっては、あらゆる差別は意味がありません。そうではありませんか。「義の太陽」である主イエス・キリストが、教えられたように、「天の父は、悪人にも善人にも太陽を昇らせてくださる」からです。
今、Kさんが愛し、ゴッホが全エネルギーを傾けて描いた黄色い「ひまわり」が、健気にも指し示しているのは、実にこの「義の太陽」であります。今日ここにおられる「あなた」の上に、「人間を照らすまことの光」「義の太陽」が昇りますように。
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